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宇都宮地方裁判所 昭和23年(行)35号 判決 1949年3月14日

原告

藤本保

被告

栃木県選挙管理委員会

主文

原告の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

原告訴訟代理人は被告は原告に対し被告が昭和二十三年六月二十三日訴外橫島保平外二名に対し為したる裁決即ち昭和二十三年四月二十八日行われた下江川村農地委員会農地委員選挙に於ける原告の当選に関する異議申立を却下し右原告の当選を無効とする旨の裁決は之を取消す、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求めた。

事実

原告は下江川村大字三箇にて小作農を専業とするものであつて昭和二十一年九月一日を現在とする選挙人名簿に於て小作農に属し村農地委員会委員の小作層としての選挙権及被選挙権を有するのである。そして昭和二十三年四月二十八日居村下江川村農地委員の選挙施行に際し小作層委員として当選した、然るところ訴外横島保平同高野芳男同中山金太郞は右原告の当選に対し下江川村選挙管理委員会に対し当選を無効とする異議申立を為し同管理委員会は昭和二十三年五月十五日之を却下したがこの却下を不服として被告に対して訴願を為したところ被告は同年六月二十三日訴願を容認して請求趣旨記載の如き裁決を下した右裁決の理由によれば別紙目録記載の土地は訴外木島八郞の所有なるところ原告は昭和二十年三月八日右木島八郞より之を代金二千五百六十円にて買受け同年六月初旬代金の支払を了し土地全部の引渡を受け一部を宅地として住宅を建築し一部を訴外木島吾市(一反一畝歩)同高瀨善吾(五畝歩)に賃貸し一部は自作したものであるから昭和二十一年九月一日現在では原告は自作層に属すべきもので小作層ではない、然るに選挙人名簿には原告は小作層として記入され昭和二十一年十二月二十日確定した名簿となつているが違法であつて何等効力を生ずるものではないと謂ふのである。原告は右裁決を昭和二十三年六月二十八日知つたのである然れども原告は右木島八郞から土地を買受けたものではなく勿論土地登記簿の所有者でもなく土地台帳も原告名儀ではなく寧ろ原告の小作地として登録されている仮に前記の如き賣買があつたとしてもその賣買は原告が自作農創設維持事業として所管官庁より許可あることを所期したもので許可なきときは賣買契約は解除する約旨であつて所謂解除条件賣買であつたのである。ところが原告は昭和二十年六月十日附を以つて所管官庁に対し許可申請を為したが同年六月二十五日附を以つて原告は農の実績なきこと東京からの疎開者であること等を理由として不許可の処分を受けた。即ち解除条件成就により右賣買は当然の解除となつたのである、そしてこのことを右木島八郞に對し宣言した仮に解除条件付でないとしてもこの農地賣買は農地調整法第四条の政正規定に基き知事の許可を必要とするのにも拘らずその許可がないから無効であるとの規定は同法附則(昭和二十一年法律第四十二号)によつて改正前の賣買にもその移転登記及び引渡の双方が完成していないものには適用されるのであるが、前記賣買については登記がなされていないのである。仮に右賣買が無効でないとしても凡そ不動産所有権を第三者に対して主張するには登記によるべきことは不動の原則であるが村農地委員会村選挙管理委員会及び被告らはいずれも所謂第三者である。第三者たる被告が登記なきに拘らず原告に所有権ありと認定することは許されないしかのみならず農地委員会委員の選挙人名簿調成については申告主義が行われているのであるが当該選挙人名簿調成に当つて当事者である原告又は右木島八郞の孰れよりも前記賣買による所有権の異動の申告を為さないのにも拘らず被告は積極的に右賣買につき調査し資格の有無を認定することは出来ない筈である。然るに被告はこの理由を無視して実質的審査権を行使したのであつて違法である。以上の理由によつて被告が為した前記裁定は違法も甚しいもので事実を誤認し法令の解釈を誤り殊に農地調整法施行令第十七条の規定を無視して為されたもので当然取消さるべきものであるからその趣旨の判決を求むる爲、本訴請求に及ぶと謂ふに在り立証として甲第一乃至十四号証を提出し証人古口利雄堀江常雄同池尻積一同菊地隊次(第一、二回)同藤沼武男の証言原告本人尋問の結果を援用し乙第一乃至三号証の成立を認め同第同号証の成立不知とし同第二号証同第三号証の一乃至三を利益に援用した。

被告代表者は主文同旨の判決を求め答弁として述べたる要旨は原告の請求原因事実中原告が昭和二十三年四月二十八日の農地委員会委員に小作層として当選した点異議申立の点その却下の点訴願提起の点原告主張の如き裁決の下された点は認むるが爾餘の点は総て否認する農地委員会委員の選挙に於て当選人が決定せらるるのは選挙の当日に於て被選挙権を有するや否やに懸つているが小作層と地主層とのいずれの階層の被選挙権を有するかについては原告主張の選挙に於ては昭和二十一年九月一日現在の事実に基いて判定せらるののであることは関係諸法令の解釈上明瞭である階層を定める場合権利関係は実体法に基くものであるが土地登記簿又は土地台帳の記載の如何は無関係であると謂はねばならない。原告は昭和二十一年九月一日現在に於て畑七反六歩を所有内約四反九畝歩を自作地とし約一反二畝歩を宅地とし約一反六畝歩を訴外木島吾市及び高瀨善吾に貸付け小作させていたのであつて真に自作層に属するものであつたのである。原告主張の賣買は決して解除條件付賣買ではなく右賣買については昭和二十二年十二月より昭和二十三年三月頃迄の間に再賣受又は買戻が行われている。尚ほ土地所有権につき移転登記を為すのは当事者より第三者に対抗するためで第三者の方からその所有権の移転を認めることは何等差支がない、又農地調整法施行令第十七條第二項は農地の所有関係を規定したものではなく農地の面積を定める場合の規定であると解する唯前記選挙に於ける選挙人名簿には原告は小作層として記載されているのであるが事実に相違する記載であることになるので小作層として記載されても小作層として被選挙権を保有することは不能である。從つて下江川村選挙管理委員会が該選挙の当選につき異議申立ありたるを却下したのは誤謬であり取り消されねばならないと同時に被告がその訴願に対して前記の如き裁決をなしたのは正当であると謂うに在り立証として乙第一、二号証同第三号証の一乃至三同第四号証を提出し証人木島操(第一、二回)同木島吾市の証言を援用し甲第四、五号証同第八乃至十一号証の成立は不知とし爾余の甲号証の成立を認めた。

理由

昭和二十三年四月二十八日施行せられた下江川村農地委員会委員の選挙について原告が小作層として当選したこと訴外橫島保平外二名が原告の当選に対して下江川村選挙管理委員会に対し当選を無効とする異議申立を爲したところ却下せられたので被告に対して訴願を提起したのに対して被告が昭和二十三年六月二十三日右却下の処分を取り消し右当選を無効とする裁決を爲したことは当事者間に争がないそこで右選挙に於ける原告の小作層としての被選挙権は昭和二十一年九月一日現在の事実に基いて決せられるものと解せらるゝので果して原告が右期間に於て小作層であつたかどうかを審究することとする、昭和二十年六月中別紙目録記載の土地について原告が訴外木島八郞より代金二千五百六十円にて買受くる旨の契約が成立したことは成立に爭ない乙第三号証の一証人木島操(第一、二回)の証言原告本人の供述等を綜合して認定し得るがこの契約が原告は解除條件付であると主張するが右木島操の証言により特に右証言中にて右賣買契約は合意上解除せられたることが窺われるので右賣買契約は解除条件付賣買ではなかつたことが真実であると認定する尤も乙第三号証(契約証)には自作農創設維持事実としての栃木県知事の許可を云々する記載があるがこの認定を妨ぐるものではない。從つて解除条件が成就したりや否やは判断する必要がない尤も右賣買は合意解除となつたのであるから其時期を考察せねばならない、証拠上解約の時期は昭和二十年中であることも考えられるが前記乙第四号証証人木島操の証言の外成立に争ない乙第三号証の二、三をも綜合すれば前記木島八郞の代理として訴外木島操が原告に対し前記賣買の合意解除を爲したのは昭和二十二年暮であると認定する右土地が栃木県知事によつて買收処分に附せられたことは成立に争ない甲第十三号証等により明らかであるが前記木島操の証言によれば合意解除を爲したのは右土地の買收計画に入つた後なることが信ぜらるるのであるからその時期が昭和二十年中でないことは肯定せらるる昭和二十一年度の小作料支払に関する証人木島吾市の証言は措信出來ないその他右認定に反する証拠は之を採用しない。次に原告は右賣買自身については別に栃木県知事の許可がなければならないに拘らず許可がないから無効だと主張する農地調整法第四条第三項によれば正しく許可なき賣買は効力を生ぜざることを定めている。しかし右条項は昭和二十一年十月二十一日の改正に於て新設されたもので改正前に於ける賣買についてはその登記と引渡双方共完了してない場合に適用せらるべきことは同法附則(昭和二十一年法律第四十二号の附則)の規定する所であつて、登記又は引渡の一方が完了して居ればその適用がないのである。然るに前記賣買の土地が賣買と同時に原告に引渡されたることは真正に成立したと認める乙第四号証右木島操の証言等を綜合して認められるので前記効力不発生の規定はその適用がない原告は右附則の規定を誤解して登記及び引渡の一方のみが完了している場合はその適用があると爲しているが誤解である。次に原告は前記賣買については登記を経てないので被告等は原告に所有権あることを認定し得ないと主張するが被告が所謂第三者でないことは明瞭であり、特に民法第百七十七条の規定は社会生活上取引の安全を保護することを立法精神とするもので被選挙権資格を判定する場合には無關係であると解せらるるのである。尚被告が前記選挙に於て原告が小作層として被選挙権を有するや否やを調査し、その資格の有無を実質的に判定し得ることは論を俟たない所であつてこの点に関する原告の主張はこれを採用するに由がない以上説明の通りであるからして被告が前記の如く下江川村選挙管理委員会の却下決定を取り消し原告の当選を無効としたのは正当であると謂わねばならない。従つて之が取消を求むる原告の本訴請求は失当として棄却せらるるの外はない。訴訟費用は敗訴原告の負擔とする以上の理由により主文の通り判決をする次第である。

(判事 岡村顯二)

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